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竹原と大久野島を巡る旅2

竹原から呉線で忠海に移動して、フェリーで大久野島を目指します。大久野島はウサギ島として有名なんだそうですが、この時は完全にウサギの数を甘く見ていました。


いざ上陸してみると車道にもウサギが飛び出してきて、とにかく凄まじい数のウサギが生息しています。その為島内は一般の自動車は入れず、桟橋~ホテルの送迎バスとレンタサイクルしか走っていません。そんなウサギたちの楽園のような島ですが、その直ぐ近くには―


山の斜面に設けられた謎の構造物。軍事マニアにはご存知の方も多いかもしれませんが、かつて大久野島は毒ガスなどの化学兵器の製造工場でした。


近づくとより不気味な感じが漂っています。圧倒的な大きさで、奥には左右3箇所づつ区切られた空間が真っ黒に焦げていますが、元は毒ガス貯蔵用のタンクが設けられていたそうです。戦後米軍が毒ガスの毒性を消すために火炎放射器で建物が焼かれた跡が生々しく残っています。


山奥に突然現れた謎の空間。こちらは北部砲台跡と呼ばれており、砲台と兵舎、倉庫が設置されています。元々大久野島は、日露戦争の為に要塞として整備されたのだそうです。砲台が撤去されてからは、見つかり難くて秘密を守りやすいと言う理由で化学兵器の製造工場に利用されたそうです。


同形の兵舎が3つ並んでいます。かまぼこ型の天井は意外と低いです。倉庫のような雰囲気で、内部は意外と綺麗な状態でした。


こちらは砲台跡です。設置されていた場所にはボルトが残っていました。


砲台の役目を終えた後に、毒ガス貯蔵タンク置き場として改装された場所もありました。


こちらも北部砲台跡で、上で紹介したものより小型のカノン砲が設置されていたそうです。スロープの上の平らな部分に2門づつ設置されていたそうで、左右と中央の計3箇所に倉庫もあります。


小さな倉庫ですが、とても力強い存在感があります。奥に続く暗闇が少々不気味です。


内部は滑らかな円錐形で上部中央には穴が開いています。弾薬の運び出しに利用していたのでしょうか?

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